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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)96号 判決

原告

大西純悟

右訴訟代理人

加島宏

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

高田敏明

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告は原告に対し一〇万円及びこれに対する昭和五七年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決及び仮執行の宣言

2  被告

主文同旨の判決及び敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言

二  原告の請求原因

1  原告に対する軽屏禁の執行等

原告は昭和五五年一二月二三日から昭和五八年一一月四日まで大阪刑務所懲役監に収監されていたが、その間大阪刑務所長によつて昭和五七年一一月一〇日軽屏禁六〇日(以下「本件軽屏禁」という)を科せられたのを含め、別表記載のとおり前後一〇回にわたり軽屏禁を科せられ、執行された。

2  本件軽屏禁執行の違法性

(一)  軽屏禁規定の適用違憲

原告は軽屏禁の執行に伴つて運動を停止されることとなつたが、これは監獄法(以下「法」という)六〇条一項一一号、二項が軽屏禁の執行には当然運動の停止を伴うものであり、これは懲罰目的を達するための内在的制約に過ぎないと解釈されて適用されているからである。しかし、右のように当然に運動を停止することは憲法三六条の禁止する残虐な刑罰に該当するから、法の右規定は右のような解釈適用がなされている限りにおいて違憲であり、従つて右規定を根拠としてなされた原告に対する本件軽屏禁の執行も違憲である。

(二)  本件軽屏禁の連続執行の違法性

法六〇条一項一一号が軽屏禁の期間の上限を二月と定めた趣旨は、右期間を超える長期の軽屏禁の執行には一般的抽象的に受刑者の健康を毀損する相当程度の蓋然性が伴うからこれを避けることにあり、大正五年典獄会議は右趣旨をふまえて、「累ねて懲罰を科したる場合に於て其の懲罰期間が前後通算該懲罰に付監獄法の定めたる長期を超ゆるものは仮令被罰者の健康上執行に差支なしと認めたるときと雖も引続き執行することを得ざるもの」と決議している。従つて、重ねての懲罰は受罰者が通常の健康度まで回復するに十分な間隔をおいて執行されるべきである。

しかるに、原告が執行された各軽屏禁の間隔は、別表から明らかな如く第五回と第六回の間が八日間、第六回と第七回の間が六日間、第七回と第八回の間が一四日間、第八回と第九回の間が一〇日間であつた。しかも、軽屏禁執行中の原告の一日当り運動量は、わずか二畳の狭いコンクリートの室内での二回の清掃、三回の食器洗い、八回の用便のために合計約一〇〇メートル歩行すること位であるから、右のような短い間隔では軽屏禁執行による精神的肉体的苦痛の影響から完全に脱することは不可能である。従つて、本件軽屏禁は実質上第五回から連続して執行されたものというべきであり、このような連続執行は違法である。

(三)  原告の健康状態の悪化を看過した本件軽屏禁の執行の違法性

軽屏禁を執行するに当つては、事前に刑務所の医師による健康診断を実施し、本人の健康に害がないと認めたときでなければ執行を開始することができず、執行中も医師が時々本人の健康を診断し、執行終了後速やかに医師の健康診断を受けさせることになつており(監獄法施行規則(以下「規則」という)一六〇条二項、一六一条、一六三条)、更に疾病その他特別の事由のあるときは本人の健康保持上執行を停止することができることになつているが(法六二条一項)、原告に対する健康診断は健康診断の名に値しない不十分なものであつた。

すなわち、軽屏禁執行前及び執行後の健康診断と称するものの実態は、平均一〇名以上の受罰者を三列横隊に並ばせた上、医師がその前を歩きながら聴診器をあてていくというものであつて、触診、視診、問診は一切なされないだけでなく、受罰者から症状を訴えることも許されず、診断所要時間は合計二分前後にすぎない。また、軽屏禁執行中の健康診断と称するものも、医師の資格を有しない保健助手が懲罰房において聞き取つた訴えを診療録に記載するだけというにすぎない。

原告は一九歳の時に椎間板ヘルニヤを患い腰痛の素質があり、本件軽屏禁の執行当時も腰痛に悩んでいたところ、執行開始時の健康診断で見落され、執行中に腰痛を強く訴えた結果、昭和五七年一二月七日及び同月三〇日の二回、医務部田村謙二外科医師の診察を受けたが、同医師は軽屏禁の連続的執行による慢性的運動不足に起因する筋萎縮が原告の両下肢について進行しつつあることを容易に診断しえたのに、これを無視し又は見落したため、懲罰の執行を停止して直ちに機能回復訓練等の処置をとることを怠つた。そのため原告は第一〇回の軽屏禁を執行された頃から歩行が次第に困難となり、昭和五八年五月一六日の医師の診察の結果右執行は停止され、同年六月一六日刑務所外部の神経内科医師の診察を受けた結果、両下肢が廃用性筋萎縮に陥つている旨診断された。また軽屏禁の執行によつて長期間終日あぐら又は正座を強制されたこと及び前記筋萎縮が腰部への負担を増大したことが原因となつて、原告の腰痛は深刻化するに至つた。

以上のとおり、本件軽屏禁の執行は、原告の健康状態の悪化を無視し、又はその症状の評価を誤つて開始、続行されたものであり、違法な執行である。

3  大阪刑務所長の右違法な軽屏禁の執行によつて原告の腰痛は悪化し、かつ両下肢は廃用性筋萎縮に陥つたために、原告は釈放時自力歩行ができず車椅子の利用を余儀なくされた。かような健康破壊により原告の被つた精神的苦痛は一〇万円をもつて慰藉されるべきところ、大阪刑務所長の前記違法行為は被告の職務を行なうについて故意又は過失によりなされたものであるから、被告は原告の右損害を賠償すべきである。

4  よつて原告は被告に対し国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づいて、慰藉料一〇万円及びこれに対する本件不法行為後である昭和五七年一二月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)について

(一)  法の規定が原告主張のように解釈され適用されていることは認めるが、その余は争う。

(二)  懲罰は、刑務所の規律に違反した受刑者に対しある程度の精神的肉体的苦痛を与えることにより反省を促し、もつて刑務所内の秩序の維持をはかることを目的とするものであるから、通常の受刑者以上に自由の拘束を受けることはやむをえないものというべきである。そして法六〇条二項によれば、屏禁とは、受罰者を罰室に昼夜屏居せしめ情状によつて就業せしめないことを内容とする懲罰であつて、その性質上原則として罰室外に出ることは許されず、戸外運動等の禁止を伴うものであるから、刑務所長は受罰者の健康保持に支障のない限り戸外運動等を禁止することができるものと解すべきであり、軽屏禁にこれらの制約を伴うのはその性質上当然の内在的なもので、それ自体憲法三六条に違反するとはいえない。

なお、大阪刑務所においては、軽屏禁執行中の戸外運動については、一〇日目ごとに一回実施することとしており、原告に対しても右のとおり戸外運動を実施した。

3  同2の(二)について

(一)  原告主張の典獄会議の決議があつたこと、原告に対する各軽屏禁の執行間隔が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。なお、罰室内での運動は、原告主張のもの以外に起床時及び就寝時の布団の敷きたたみ、起床時の洗面等の日常動作も含まれる。

(二)  法及び規則には懲罰の連続執行を禁止した規定は存在しないが、右典獄会議の決議は、法六〇条が軽屏禁の期間の上限を二月と定めたことから、その趣旨を尊重してなされたものと解される。従つて、法定期間を超えて次の懲罰を連続して執行する場合には間隔を置くことが必要であるが、この間隔の程度は当該受罰者の心身の状況により医師の意見を求めて決定することが相当である。

他方、懲罰は、敏速に行なうことによつてその効果をより著しくすることが期待されているものであり、このことは規則一六〇条一項が「懲罰ハ言渡ノ後直ニ之ヲ執行ス可シ」と規定しているところからも明らかであり、執行を敏速に行なうことのみならず、懲罰の決定等もなるべく時間を遷延させないことが必要である。

(三)  大阪刑務所長は、原告が軽屏禁執行期間中に多数の規律違反を繰り返したため、原告の教化及び刑務所内の規律維持のために必要不可欠なものとして、先の懲罰執行終了後間を置かず科罰し執行せざるをえなかつたものである。しかも、各軽屏禁の執行に際しては、医師が規則一六〇条二項に基づき原告の健康診断を行ない、専門的な知識、経験等に基づき原告のそれまでの懲罰の執行状況、心身の状況等を総合し、各軽屏禁の執行の可否を判断したものであり、本件軽屏禁についても、大阪刑務所長は、執行に差し支えない旨の医師の診断に基づき、直前の第八回の軽屏禁の執行終了時から一〇日の期間をおいて執行したものであつて、何ら違法事由は存在しない。

4  同2の(三)について

(一)  原告主張の日に田村医師が原告を診察したこと、原告が第一〇回の軽屏禁の執行中医師の診察を受けた結果執行が停止され、外部医師の診察を受けた結果主張の如き診断がされたことは認めるが、その余の事実は否認し、本件軽屏禁の執行が原告の健康状態の悪化を看過した違法なものであることは争う。

(二)  原告に対する本件軽屏禁執行前後の健康診断は医務部長島崎実医師が行なつたが、何ら異常が認められなかつた。同医師は従前から原告を診察してきたものであり、従前の健康状態の推移及び日々の主訴はカルテにも記録されているから、特に異常が認められない以上、短時間の聴診だからといつて不十分ということはできない。また本人に番号と氏名を述べさせることで声の調子や元気の程度を知り、健康状態を判断する手がかりのひとつとすることができ、このような方法は多数の収容者を診察しなければならない状況下ではやむをえないものであるし、視診は本人の顔色、目、皮膚の状態等を観察することによつて迅速かつ十分に行なわれている。右のような健康診断は決して不十分なものとはいえない。

軽屏禁執行中は、保健助手が本人に心身の状況を直接尋ね、主訴を処方箋に記載し、右書面及び口頭により医務部長に報告すると、医務部長は報告内容について判断して投薬内容等を決定し、必要があれば他の医師の診察を依頼することになつており、右の方法により本人の身体の状況を把握することができるから、健康診断としては十分である。

(三)  原告は大阪刑務所入所時の健康診査の際、「一九歳のときに椎間板ヘルニアを患つて、今でも同じ姿勢で長くいると腰が痛い」と訴えていたが、昭和五七年三月頃から頻繁に腰痛を訴えるようになつた。そこで、医師が同年四月中旬、一二月、翌昭和五八年三月に原告を診察したが異常は認められず、また、診察の際の脱衣等の動作は健康人と変らず、第一〇回軽屏禁が昭和五八年三月一二日から三〇日間執行停止された間の用便、歩行等の日常動作は腰痛患者とは到底思えないものであつた。それ故、原告が主張するような腰痛の深刻化が生じたとは到底認められないし、そもそも腰痛が本当にあつたか否か自体疑問である。

(四)  原告の両下肢の廃用性萎縮は原告自らが作為的に招来せしめたものである。

すなわち、前記医師の診察時には原告の下肢の萎縮や筋力低下は認められなかつたが、原告は第一〇回の軽屏禁の執行が再開された日の約一か月後である昭和五八年五月一四日から腰痛を訴えて無断横臥し始めた。そのため、同月一六日午後外科医が原告を診察した結果、経過観察をすることになり、同月一七日島崎医務部長の就寝許可の処置により、同日軽屏禁の執行を停止し、同年六月一六日までの毎日原告に就寝を許可した。そして、大阪刑務所長は右六月一六日に外部の神経内科医師を招へいして原告を診察させたところ、両下肢の廃用性萎縮、筋力低下等の診断を得たので、医務部長は、萎縮等を解消させるため極力原告に運動をさせること及び原告の就寝許可は行なわないことを指示し、同月一七日以降就寝許可は行なわれなかつた。

しかし、原告は右同日以降出所前日の同年一一月三日まで、職員の指導にも拘らず軽度の運動すら行なわず、就寝許可がないのに横臥のまま過ごした。なお、原告は同年九月二〇日頃エックス線撮影及び血液検査を受けたが、腰椎に異常はなく、病的所見も認められなかつた。

更に、原告は出所当日の午後大阪市南区内の原田病院で痛み止め薬の投与処置を受けた以外は専門医の診察を受けることはなく、出所後自らの努力のみで萎縮を克服し歩行可能となつている。

以上の事実によれば原告の下肢に廃用性筋萎縮が認められるに至つたのは、昭和五八年五月一四日から原告が何ら身体に異常がないにも拘らず作為的に横臥を続け、身体を動かそうとしなかつたことが原因であることは明らかである。

5  同3の事実は争う。

四  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、軽屏禁の執行に伴い当然に運動を停止することは憲法三六条の禁止する残虐な刑罰に該当するから、本件軽屏禁の執行は違憲である旨主張する。

しかし、法六〇条一項は懲罰として一二種類を定め、八号で運動の五日以内の停止、一一号で二月以内の軽屏禁を規定しているところ、軽屏禁は、受罰者を昼夜を通じ罰室内に独居させて謹慎させ、精神的孤独の痛苦により改悛を促すことを目的とする懲罰であるから、その性質からして戸外運動の停止を当然伴うものと解すべきである。その結果、軽屏禁にあつては最長二か月の戸外運動が停止されることになるが、本来軽屏禁は運動停止よりも重い懲罰であるから、その内容に軽い懲罰が含まれていても何ら不合理なことではないし、また軽屏禁の執行に伴い当然に停止されるのは規則一〇六条に規定されている戸外運動にとどまり、法三八条で保障されている在監者の健康を保つために必要な運動まで停止されることはないというべきであり、規則一六〇条二項、一六一条、一六三条は軽屏禁執行前後及び執行中における医師の健康診断を義務づけ、法六二条一項は疾病その他特別の理由があるときの執行停止を規定しているから、右のように解しても受罰者の健康保持に欠けるところはない。しかも、証人川村純正の証言によれば、大阪刑務所では軽屏禁受罰者に対して一〇日に一回の割合で戸外運動をさせている実情にあることが認められるし、原告に対する軽屏禁執行中に適宜執行停止の措置がとられたことは当事者間に争いのない事実である。

以上によれば、原告に対する軽屏禁の執行が当然に戸外運動の停止を伴うからといつて、そのことが直ちに反人道的性格や残虐性を帯びるということはできないから、原告の主張は失当である。

三原告は、本件軽屏禁の執行が実質上連続執行であり、また原告の健康悪化を看過した違法なものであると主張するが、右はいずれも本件軽屏禁の具体的執行の違法性をいうものであるから、以下一括して判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告が受刑中の大阪刑務所における軽屏禁執行前後の医師の健康診断は、以下のように実施されていた。すなわち、内科医の島崎医務部長は、診察室に約一〇名ずつの受罰者を横列に並ばせ、順番に呼称番号と氏名を述べさせながら一人当り約一〇秒ずつ聴診器を胸にあてて聴診を行い、声の異常の有無や顔色を観察しつつ病的所見の有無を調べ、これらを総合して本人の健康状態を判断していた。

次に、軽屏禁執行中の医師の健康診断については、定期的な診断はないが、通常の場合と同様に、本人からの訴えがあつたときに以下のような措置がとられていた。すなわち、本人から痛み等の訴えがあると、舎房担当職員がその旨を備薬使用簿に記載し、巡回に来た保健助手がこれを見て本人に心身の状況を尋ね、訴えの内容を処方箋という書面に記載した上、これを添えて口頭で医務部長に報告する。医務部長は右報告に基づいて症状を診療録に記載し、必要に応じて投薬を指示し、内科以外の医師の診察が必要と考えられる場合には、嘱託医師やその他の専門医に診察を依頼することになる。

2  原告は昭和五五年一二月二三日の入所時の健康診査の際に、一九歳のとき椎間板ヘルニアを患い、同一姿勢を長時間続けると腰が痛くなるので、一般作業は無理だが軽作業程度は可能である旨を述べていたことから、プラスチックのナットをビニール袋に封入してホッチキスで止めるという単純な作業を課せられていたところ、昭和五七年三月頃から頻繁に腰痛を訴えるようになり、医務部長が痛み止めの薬と湿布薬を投与して経過を観察していたが、原告はなおも腰痛や、右手首、右足首の痛みを訴えたので、同年四月中頃に外科医師が原告を診察し、腰部のエックス線撮影をした結果異常はないと診断された。なお、原告は投薬の効果によるのかその後右手首の痛みは訴えなくなり、右足首の痛みについては医師が同年五月下旬頃原告を診察し、足関節のエックス線撮影をしたが、異常なしとの診断であつた。その後も原告は投薬にも拘らず腰及び右足首の痛みを訴えたので、同年七月中頃外科医師が原告を診察し、更にリウマチの有無を調べるための血液検査も行なわれたが、異常はないと診断された。それでもなお、原告は右足首及び腰の痛みを訴え続けたため、これに対する投薬が行なわれていたが、本件軽屏禁の執行に至つても右訴えが止まないので、大阪刑務所長はその執行を昭和五七年一二月六日に停止し、翌七日田村外科医師に原告を診察させたところ、同医師は他覚的所見を認めず、投薬続行を指示した。しかし、原告は右執行再開後も依然として腰痛を訴えるので、大阪刑務所長は執行の停止、再開を繰り返し、同月三〇日にも執行を停止して再度田村医師に原告を診察させたところ(田村医師の二回にわたる診察の事実は、当事者間に争いがない)、同医師はやはり他覚的所見を認めなかつたが、原告の腰部四方向のエックス線撮影を指示し、右撮影は昭和五八年一月一〇日になされ、これを大阪大学の医師に読影してもらつたが異常は認められなかつた。

3  原告が本件軽屏禁までに受けた懲罰の理由とその執行状況は次のとおりであつた。

原告は別表記載のとおり、同房者と殴り合いの喧嘩をした件で軽屏禁一五日(第一回)、職員の指示に従わず反抗した件で軽屏禁一五日(第二回)、第二回の執行中看守長の注意に対し抗弁した件で、軽屏禁七日(第三回)、許可なく人権擁護委員会宛申立書を書いた件及び職員を愚弄する放言をした件で軽屏禁二〇日(第四回)を順次科せられ、第四回の執行は途中五日間の執行停止を経て、昭和五七年一月一六日終了した。

それから二か月半を経て、原告は毛布を不正に使用した件で軽屏禁一五日(第五回)、その執行前の怠業、執行中の一〇回に及ぶ抗命等の事犯により、右執行終了後八日の間隔をおいて軽屏禁四〇日(第六回、途中三日間執行停止)、更に、第六回の執行前の怠業と看守長への反抗、執行中の二五回に及ぶ抗命等の事犯を理由に、右執行終了後六日の間隔をおいて軽屏禁五〇日(第七回、途中五日間執行停止)、第七回目の執行前及び執行停止中の怠業や執行中の暴言、舎房の静穏侵害、職員愚弄等及び執行終了後の反抗等を理由に軽屏禁六〇日(第八回、途中五回合計一三日間の執行停止)を科せられた。

そして、原告は第八回目の執行前及び執行停止中の怠業、執行中の度重なる抗命、執行終了後の抗命、舎房の静穏侵害等を理由に、右執行終了後一〇日の間隔をおいた昭和五七年一一月一〇日軽屏禁六〇日(第九回、本件軽屏禁)を科せられたが、途中九回合計二七日間の執行停止があつた。

4  更に原告は、本件軽屏禁の執行前及び執行停止中の怠業、右執行中及び執行停止中の抗命、舎房の静穏侵害等を理由に軽屏禁六〇日(第一〇回)を科せられたが、大阪地方裁判所が発した三〇日間の執行停止決定に基づき、右執行は昭和五八年三月一二日から同年四月一〇日まで停止された。原告は、右停止期間中の運動時間には職員から積極的に運動するよう再三指導されたのに、これに従うことなく運動場の一隅に座つたままであつたが、房室内での原告の起居動作には格別異常な点は認められず、同年三月二九日に整形外科医師山口恒が大阪刑務所に隣接する大阪医療刑務支所で原告を診察した結果も、腰部及び下肢のいずれにも異常所見を認めない旨の診断であつた。

原告は、同年四月一一日第一〇回目の執行が再開された後、房室内での日常動作に特に異常な点は認められなかつたところ、突然同年五月一四日から横臥を続けるようになつたので、同月一六日医師が診察した結果、翌一七日から執行が停止され(右診察と執行停止の事実は当事者間に争いがない)、就寝許可となり、同年六月一六日に外部の医師が診察したところ、下肢の廃用性萎縮が認められると診断されたが(この事実は当事者間に争いがない。)、その他には有意な神経学的所見はなかつた。そこで、医務部長は原告に運動をさせることによつて下肢の状態を改善しようと考えて、就寝許可を取り止め、職員に対しても原告に運動をさせるようにと指示したが、原告は依然として房室内で横臥を続けたり腹ばいのままで訴訟関係書類を筆記し、脚を動かすようにとの職員の指示にも従わず、戸外運動の時間に他の受刑者二人に抱え上げられて運動場まで連れ出されても、そこで横臥するという状態であつた。

なお、その後原告の出所時に至るまで第一〇回の執行は再開されず、結局、五日間が執行不能となつた。

5  昭和五八年一一月四日、原告は車椅子に乗つて出所し、いとこに伴われて同日午後大阪市南区内の原田病院に赴き、同病院長らの診察を受けたが、腰部のエックス線撮影の結果腰は異状なしと診断され、痛み止めの投薬を受けたものの入院は断られたので、とりあえず同市大淀区内のホテルプラザに宿泊した。原告は、原田病院から紹介された大手前病院の医師と連絡をとろうとしたが果せなかつたので、右ホテルに約一〇日間逗留して、痛み止め薬を服用しながら浴槽で脚を動かしたりもんだりすることを繰り返していた。

その後、原告は大阪市内の友人宅へ移つたものの、他の病院で受診することもなく、出所後一か月半位経過してからは独力で歩けるようになつたので、皿洗い等のアルバイトをしていたが、昭和五九年三月頃には体力回復に自信を持つに至つたので、呉服の外交販売を始め、関西を中心に東は東京、西は岡山まで販売活動をして現在に至つている。

以上の事実が認められるところ、〈証拠〉中には右認定に反する部分があるが、いずれも採用しない。

四右認定事実を前提に、まず、本件軽屏禁の執行が原告の健康状態の悪化を看過した違法なものであつたか否かについて判断するに、原告は本件軽屏禁を執行されるまでに長期間にわたつて腰痛を訴え、投薬を受けてきたのであり、医務部長は原告の訴える症状を既に十分把握していたものと思料されるから、執行前後の健康診断が前記の程度のものであつても必ずしも十分であるとはいい難く、また、大阪刑務所長は右執行開始後も二回にわたり医師をして原告を診察せしめ、エックス線撮影も施行された結果、原告には異常な点は認められないと診断されたものであるから、執行中の健康診断も不十分なものであつたとは到底いい難い。

ところで、原告は右執行前に既に両下肢の廃用性筋萎縮及び腰痛の悪化という状態に陥つていたと主張するが、第一〇回軽屏禁の執行停止期間中である昭和五八年三月二九日に医師が原告を診察した際には異常所見を認めなかつたのであり、原告が頻繁に腰痛を訴えてきたことは事実としても、これが本件軽屏禁の執行開始頃及び執行中に悪化していたという事実は本件全証拠によつても認められず、また、両下肢の廃用性筋萎縮についても、原告は出所後痛み止めの薬の服用以外には特段の治療を受けることなく、自らの努力によつて出所後約一か月半で両下肢の機能を回復しえたのであるから、右疾病は、原告が職員の指示に従うことなく積極的な運動を避け、更に昭和五八年五月一四日以降は殊更横臥して過ごしたことが主たる原因で一時的に陥つた症状ではないかとの疑いが強く、本件軽屏禁までの前記各軽屏禁の執行との間の因果関係は認め難い。従つて、昭和五八年六月一六日の時点で原告の両下肢が廃用性筋萎縮の状態に陥つていたからといつて、このことから本件軽屏禁の執行の際原告の健康状態が悪化していたと即断することはできないというべきである。

五次に、本件軽屏禁の執行が実質上連続執行として違法であつたか否かについて判断するに、法及び規則には懲罰の連続執行を禁止した規定は存しないが、軽屏禁は戸外運動や入浴の制限を伴うため、それが長期に及ぶと受罰者の健康への影響が大きいことから、法六〇条は軽屏禁の期間の上限を二月と定め、規則において執行前後及び執行中の医師の健康診断を義務づけ、更に法六二条で特別の事由がある場合の執行停止を定めたものと解される。したがつて、受罰者の健康維持のために必要な期間をおかずに新たな軽屏禁を執行することは、法及び規則の趣旨に反し違法であり、原告が引用する典獄会議の決議もこの趣旨に出たものと考えられる。しかし他方、軽屏禁執行中又はこれに近接する時点で規律違反行為が繰り返された場合に、これに対する懲罰を遷延させることは、本人に対する教育的効果及び他の受刑者に対する一般予防効果の両面において懲罰の実効性を損うことは明らかであるから、懲罰の決定及び執行はできるだけ速やかになされるべきであり、医師による健康診断の結果本人の健康を悪化させるおそれがないとの判断がなされ、執行に差支えないと認められる限り、僅か数日の間隔しかおかないような極端な場合を除いては、短期間の間隔をおいての新たな軽屏禁の執行は必ずしも許されないものではないというべきである。

これを本件についてみるに、原告に対する第六回以降の軽屏禁の理由とされた各規律違反行為の中には、軽屏禁執行中又はそれに近接する機会になされたものが多数あつたのであるから、大阪刑務所長において可及的速やかに新たな懲罰を執行する必要があると判断したのはもつともなことであり、また、第七回及び第八回の軽屏禁執行中には適宜その執行が停止され、更に第八回の執行終了後一〇日の間隔がおかれた後、本件軽屏禁が前記のとおり執行前の適法な健康診断の結果執行に差支えなしとの医師の意見を参考にして執行されたものであるから、本件軽屏禁の執行に原告主張のごとき違法は存しないというべきである。

六以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青木敏行 裁判官古賀 寛 裁判官梅山光法は、退官につき署名捺印することができない。裁判官青木敏行)

原告に対する軽屏禁とその執行状況〈省略〉

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